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さえまん的ayuレビュー

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WHATEVER
98年のシングルのPVとは趣が違う作品。この頃からPVの方向付けが変わってきたのかな、とも感じます。 歌詞の内容をそのまま再現するのではなく内的なイメージで伝えてるというか。 雪が降っている場面が出てくるワケでもないのに「WHATEVER」の凍えそうな冬のイメージが伝わってきます。
「暖かい日陽し」がPVでいう花だとしたら、それを手に入れることなく死んでしまった天使の少女。 そして、天使の羽をつけたayuがカゴの中に。 これまでの少女が出てきた映像は彼女の心の中を映したものだったんでしょうか。 カゴの中に閉じ込められてしまう姿と、曲中に出てくる今にも凍えそうな姿とがリンクしていると思います。
あと、ほとんど瞬きをしないayuの無表情、あるいは無機質な部屋・白い衣装が曲のイメージを伝えているのも確かです。
(2004.07.21up)



LOVE〜destiny〜
はっきり言って曲もPVも地味ですが私はかなり好きです。 曲自体がかなり好きというのもあるんですが、このPVを観ると心洗われるような、そんな感じになります。
レコーディング風景、楽屋や移動の車中の場面、それらがただ単に描かれているように見えますが、 そのただ単に過ぎていく生活に「このままでいいのだろうか」と自らを顧みているように感じました。
この作品のayuの髪型、かなり好き。シングルのジャケ写のところでもしつこく言ってましたが。 あの赤いカラーリングがイイ。またあのようなカラーリングにして欲しいなぁとか思ったり。
あと、歌詞を書いている姿が映るのも貴重なシーン。あれ最初観たとき、左手で書いてたんで「ayuって左利きなん?」とか思いましたが、 ただ鏡に映っていただけでしたし。
微妙にayuのマネージャーが出てくるところも見どころです。
□さえまん的ツボ
最後のサビで正面向いて歌ってる場面、ここのayuはホントにヤバイです。 数あるPVの中でも一番好きな場面かも。
(2004.07.30up)



TO BE
これまでの作品にはないような鮮やかな色使い。 今でこそ、いろんな色の衣装を着ているayuですが、デビュー当時は白とか黒とか地味な色の服しか着れなかったそうです。 色がたくさん入った服も着るようになったのは、この曲あたりでしょうか。 あの赤系の髪に70年代風の衣装にスカーフ。けっこうツボです。

この作品には男の子が覗いている万華鏡の中の色鮮やかな世界が映し出されているのでしょうか。 歌詞の持つ世界観がそのまま映像になったと思います。
万華鏡の中に出てくるayuは「ガラクタ」の象徴。 他の人から見たら、ただの「ガラクタ」だけど、その男の子にとっては宝物だった。 そんな「ガラクタ」も最後にはヒビが入り、壊れてしまう儚いもの。 それでも、君がいるならいびつに輝き続ける。 作品全体の色の鮮やかさが逆に「ガラクタ」の壊れやすさ、儚さを感じさせます。
(2004.08.13up)



Boys & Girls
まず、このPVのayu、非常にヤバすぎです。あの髪型、あの髪の色、あのメイク。もう全てがツボ。 この頃のayuは本当に可愛すぎ。って言っても当時は全く関心がなかったワケですが。

楽曲の持つ躍動感がPVからも伝わってきますね。 特に光や水の使い方、風を受けながら歌うayuの姿がキラキラした夏をイメージさせます。 見ているほうも気分が高まってくるような作品。 これまでには見られなかった外に向けた歌詞が印象的ですが、そんな新しさが映像からも感じられます。
(2004.08.24up)



appears
一番印象的なシーンはやっぱり、一番のサビで3人のayuがニューヨークの街中を歩くシーン。 なんか、歌詞や曲のリズムと歩くリズムとがホントに良く合っていると思います。 PV観なくても、曲を聞くだけであのシーンが思い浮かぶ程。
3人のayu、あれは一組のカップルとそれを見ているayuを表現しているのでしょうか。 周りから見れば幸せそうに歩いている恋人達も真実のところは誰にも分からない。 歌詞の内容がそのままPVになったと言えますね。

様々な衣装を着たayuが登場しますが、それもこの作品の大きな魅力。 またニューヨークでのロケということで、その町並みがより歌詞の世界観を表していると思います。 特に、最後のほうの夜の町並みは非常にキレイです。
□さえまん的ツボ
レビューのほうでも書きましたが、何と言ってもサビで3人のayuが歩く場面がかなりお気に入りです。 しかもどれも可愛すぎですし。その中でもテンガロンayuが特に。
(2004.09.05up)



kanariya
曲と同様、PVのほうも非常に難解な作品。
曲のレビューのほうで、カナリヤは人間、自分の思いを伝えないでいるayu自身を表すのではないか、と考えました。 このPVでは、ayuを初めとするカナリヤ風のメイクをした人たちが出てきますが、 彼らは自分を上手く表現出来ないでいる現代を生きる人たちを指すのではないでしょうか。
ヘッドフォンをしている彼らの周りにはたくさんのキーボード。様々な音や情報が溢れている現代の社会の中。 こんな状況なら何も表現しないほうが楽だ、そう思ってヘッドフォンを付ける。 そして、そこから流れてきた曲は「kanariya」。 泣かないと決めただけかもしれないと早く気付いていたら…

こんな感じで考えてみましたが、時々出てくる体中にスパンコール?を付けたayuが何を表すのか良く分からないです。 自分の想いを伝えないでいる彼らに「kanariya」というメッセージを送っているのでしょうか。
(2004.09.27up)